竹本健治『闇に用いる力学』
小説家・推理作家・SF作家として世に知れ渡っている竹本健治の長編小説を紹介します。
この小説の構想が思い浮かんだのが、著者が作家デビューした1970年代の後半とのことで、本格的に〈赤気篇〉の連載が始まったのが1995年。その後、〈黄禍篇〉、〈青嵐篇〉を経て連載が終わりに至ったのが2017年ですから、およそ完成までに約40年の歳月を費やした計算になります。
ちなみに、著者によれば『闇に用いる力学』のメインテーマは「集団の狂気」とのことです。
さて、読み進めると一筋縄ではいかない懐の深さが漂ってくる内容に仕上がっていました。SF、ホラー、サスペンス、オカルト、心理、超能力、医療、ファンタジー、政治、宗教等々、沢山のジャンルを包含したスケールの大きな小説でした。
とにかく登場人物の数が半端ではなく、物語の展開を追うだけでも四苦八苦します。
ストーリーの概要ですが、ある日、突然、降って沸いたように日本国内に災難が起こりました。その災難は疫病の発生のみではなく、様々な犯罪、陰謀が複雑に絡み合いながら、一つの核心に迫ってくるように展開していきます。ここでいう「陰謀」とは、疫病であっても人為的な要素を孕んでいる可能性のことです。
超長編作である『闇に用いる力学』を、今回は事細かいところまで紹介せずに、大まかなポイントと思われる点を一つだけに絞って、私の私見をお伝えしておきます。
先に結論を述べておきますと、私には著者がこの小説を通じて「この世界をありままに見ることができること(普遍的な真実)」を試験的に描こうとしたように受け止めました。もちろん著者は、それが無謀な試みだと想定していますが・・・。
また、厄災が蔓延した社会を描いていることもあって、まさに今、現実社会で起こっているコロナウイルスによるパンディミックの状況と重ね合わせて考えてみることが可能な作品にも仕上がっています。
現実の社会に照らし合わせて申し上げますと、それぞれ立場の異なった人間が自分の置かれた立ち位置で厄災の原因を追及するため、その解釈がなかなか一つに集約してきません。そうしたことが懸念材料となるがゆえに、世の中の空気感で申し上げますと、混沌とした状況が続いているようで何か漠然とした不安が漂っており、なかなか霧が晴れてきません。
ですから、様々な解釈が世界の中に立ち現れてくる関係上、万人がハッピーエンドに至る集結には辿り着かない構成で物語は進んでいきます。
最初に指摘したように、この小説はやたらと登場人物が多いわけですが、その点を長所として読めば、個々の登場人物たちが、それぞれに属している立場から、物語の中で起こっている現象を解き明かそうとしているので、一つの視点だけではなくて、多様な視点を総合して判断していくことの重要性が見えてくると思います。
小説の最後の一文が、それを端的に示した文章で締め括られていました。
『万有引力によって相互作用する盲点が二つの場合は初期条件から今後の軌道を正確に予測できるが、三つ以上の場合は一般的にそれができない。これを三体問題、もしくは多体問題という。』(『闇に用いる力学 青嵐篇』P680)
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©竹本健治 『闇に用いる力学』 特設ページ | 光文社
文章:justice